松崎訪問看護ステーション

■初の精神訪問看護インタビュー

今回のとよみサロンのインタビューは精神の訪問看護に関するインタビューです。今は精神科訪問看護の現場から離れていまは、病棟看護師ですが、訪問看護の現役時代を振り返っ頂きましてインタビューに応じてもらいました。松崎訪問看護ステーションに1999年10月から2011年12月、約10年ほど勤めてました元管理者の豊里国男さんです。

今まで訪問看護のインタビューを行っていますが、精神科訪問看護に関するインタビューは初めてです。精神科訪問看護に関する情報は少なく、これから精神科訪問看護師になろうと考えている方にとっても、判断材料が少ないとう現実があります。今回のインタビューでは基礎的なことも含めて、精神訪問看護師として働くためのポイントを取材しました。

■きっかけは看護部長からの相談

豊里氏が精神訪問看護に関わるきっかけは病院看護部長からの勤務異動の話でした。病院が運営する精神訪問看護の管理者は短期間に代わり、辞めてしまうことが続いていました。10年以上前の精神科訪問看護ステーションを運営する病院は、様々な面で安定していない状況だったと思います。また精神科訪問看護が認知度が低いことも誘因でした。

そこに、私と一人のナースが異動したのです。ステーションには様々な問題があり、解決しないままの管理者就任依頼でした。異動とならば仕方ないと決めましたが外回りの看護の職場には、内心複雑でした。問題の一つは、事務作業がOA化されていないため、全て手作業で行われていたことです。訪問看護の記録や担当医師への報告書から医療報酬請求まで手書きの紙ベースで行っていました。

OA化、つまり作業を円滑にするパソコンの導入を母体病院に依頼しても、ステーションの収益の関係からか、パソコンの導入が見送られることが続いてました。ちなみに携帯電話も十分に支給されていませんでした。ポケベルから携帯電話へ移行が加速する時代でしたからね。パソコン導入のため、訪問件数を上げて収益を確保しようとしても、膨大な事務作業があるためモチベーションがなくなってしまう負のスパイラルに陥っているので目標達成はできず経過していた様に感じました。

■業務効率化を実現するための高いハードル

そこで豊里氏は就任直後、パソコン導入を目指して事務作業OA化を看護部長に願いました。そのためには、訪問看護師にもノルマを課せることを提案されました。巷のナースがこなしていた訪問看護件数は覚えていませんが当時、私達は一人、100件のノルマを課せられました。訪問看護師は私を入れて三人しかいないので、一人、100件は負担が大きいと他のスタッフからは不満が出ていましたが、パソコン導入を目標に彼女達は頑張ってもらい、協力してくれました。そしてノルマは達成に成功しました。やれば出来るんだなぁと感動しましたよあの頃。ステーションとして、看護師3人で月間300件の訪問件数を達成し維持した結果、後々パソコンは導入されました。勿論訪問看護事務作業が出来るシステムが入ったものです。

スタッフはモチベーションを維持して、目標に向かってチームがまとまれば目標は達成できると確信した時代でした。懐かしい話ですが、本当にしんどい期間でもありました。そんなハングリーな時代を経て、パソコンや事務員導入、携帯電話、訪問用の車も充実し訪問看護スタッフの増員がなされ、年々精神科訪問看護ステーションとして安定してゆきました。この体制は病院の強いバックアップにより実現できましたがその礎は訪問看護の彼女達が作ってくれたと思います。

■当時の精神訪問看護に関する認識

次に訪問看護業務のについて話。業務は、服薬管理、定期的な外来通院、精神科疾患症状の増悪には注意換気や入院をすすめるなどが基本。当時は精神訪問看護について、患者家族や患者自身訪問看護の理解は浅く、その必要性についても疑問視される方が多くいました。

精神病院から退院した半分くらいの患者、その家族は精神訪問看護といって自宅まで追いかけて来ないでと言われた時代でしたね。看護を押し売りする必要はあるのか?、患者さんは退院する条件として訪問看護を受けると担当医師に嘘をついて早めに退院を迫ったのではないかと憶測が頭によぎりました。

様々な場面に脆弱な部分を持つ患者さんを訪問看護が支え社会で自立出来るように援助が必要であるのに、精神科病院を退院した後、訪問看護を直ぐに断ってしまう患者さんを目の当たりにすると豊里氏自身は精神科訪問看護の契約のあり方に疑問をもった時期があったと言います。

そういった悩みも患者と向き合うことが増えるに従って精神科訪問看護の必要性を実感できると悩みも無くなっていきました。普通に社会生活を送れるように支援する必要性と私たち精神科訪問看護師がいて社会復帰のプランがイメージ出来るようになるのではないか。実生活にアプローチすることで得られた感覚が私達を支えていたかもしれません。

しかし、患者さん本人が社会に適応出来ない、かけ離れた存在である自覚がないことが多くありまして、対応に苦慮することもありましたスキルがないのに、高い給与の仕事に無理に就いてしまい、結果長続きしないことはありました。高望みする患者さんは結局、精神的な問題と体力低下が影響してしまうのです。だから、低い給与であってもその人にあった仕事、つまり長続きするレベルの仕事に就く方が重要です。長期に仕事を続けられることが社会参加、復帰に繋がります。仕事に就く事だけが社会復帰ではなく、デイケアや作業所通所できる事への橋渡しする、自宅で安定した生活を何ヵ月保つかなどに精神訪問看護師が関わり、支持します。重要な役割だと思います。

そういった訪問看護の活動について、精神科病院に入院している患者さんは、退院間近になれば訪問看護の説明を受け、退院後に訪問看護と繋がるように働きかけることもありましたが精神訪問看護は外部サービスのように認識されているため、訪問看護師が病院へ出向き必要性を説明するのは、訪問看護業務を行いながら実施することは、現実的ではありませんでした。入院中に医師から訪問看護を説明してもらうことが、安定した訪問に繋がると思えるのです。が当時は、医師も認知度が低かったので協力を得ることは難しい時でした。だから、当時の患者さんには訪問看護の必要性を理解してもらいたいという気持ちは強かったようです。

■精神訪問看護の現実的な体制作り

同時に精神科訪問看護の体制を整えることも重要でしたと豊里氏は語りました。体制とは、精神が著しく変調きたした患者さんの訪問看護には原則2人の看護師で訪問します。いざというときに2対1で対応できた方が、様々なリスクを減らせることは間違いないからです。ただ現実2人体制訪問看護ができない、つまり女性看護師1人で男性患者を訪問する事もありました。リスクが有りそうな患者さん。精神症状悪化の状況に対応するには、無理に訪問看護を実施しないことです。少しでも不穏や不安を察知したら、玄関先で訪問をキャンセルすることが重要です。

玄関を開けた時に出迎えてくれた患者さんの雰囲気、表情に目を向けて下さい。訪問看護に真剣に取り組んでいればいつもと違う不穏な雰囲気わかりますよ。少しでもいつもと違うと感じたら、玄関先で訪問を中止します。リスクを察知出来れば患者さんの自宅に上がれませんよね。

精神科訪問看護師の勘ですね。それがトラブルのリスクを減らしています。またおかしいと感じたら事柄はスタッフ間でその情報を共有することも重要です。他にもリスク管理はありますが、リスクばかりにフォーカスするのではなく患者さんを一人の人間としてみることも大切だと豊里氏は説明してくれました。

■患者ではなく一人の人として向き合うことが重要

精神科の患者であっても一人の人であることは変わらない。でも、精神科疾患をもつ患者さんであるゆえ逸脱する突飛な言動はないとはいえない。訪問看護師が一人の人として、患者さんに接することから社会復帰が始まります。だから患者さんの訴えが幻覚妄想ときめつけず、言うことを傾聴するのも大切です。それから訪問看護の看護師は患者さんと対等という立場をとるように努めて下さい。

訪問看護の魅力は、患者の社会生活復帰に寄り添うことで自立への成長過程がみることできる。そんな人ばかりではありませんけどね。他にも精神科患者との関係は10年以上になることも珍しくありません。10年、地域生活を続けている精神科患者さんがいる。再入院に至らず頑張っている姿にビックリします。

筆者はインタビューをしていて感じました。10年地域で周囲に支えられながら生活を続けるということは、それは患者ではなく普通の人。社会生活を営むのは当たり前と思う。障害をうけるとそれが当たり前じゃない事が伝わりました。精神訪問看護の基本的役割だけに焦点をあて話しを聞いてきましたが、他にも働けない精神科患者さんの生活費用はどうなっているのか精神科訪問看護師以外に誰が患者さんを支えているか、まだまだ分からない部分ありましたが、今回はその部分には触れずインタビューを終えました。


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